継続できない人向けの人生設計案(私の場合)
この記事は、
「継続できない自分」を長年コンプレックスだと思ってきた私が、
ある考え方に出会って、それでもいいのかもしれないと腹に落ちた体験をまとめたものです。
何かを最後までやり切れない人、
途中で熱が冷めてしまう人、
それでもまた何かに興味を持ってしまう人。
そういう人に向けて、
**自分用に作った行動ルール(設計案)**を、そのまま公開します。
継続できない人のための行動ルール(抜粋)
これは、継続できなかった私がたどり着いた行動ルールです。
- 燃え尽きることは、失敗ではない
- 冷めた自分を責めない
- 途中まで進めたことも、成果として扱う
- うまくいかなかったら、自分ではなくルールを疑う
- 燃えやすい特性を、欠点ではなく武器として扱う
「頑張り続けるためのルール」ではなく、
燃えたり冷めたりする前提で生きるためのルールです。
この記事の概要
私はずっと、
「継続できないこと」に引け目を感じて生きてきました。
でも最近、
それでもいいのかもしれない、
むしろ無理に直そうとしなくていいのかもしれない、
そう思える出来事がありました。
その考え方が、
思っていた以上に自分の人生観を変えそうだったので、
一度言葉にして残しておこうと思います。
私は継続ができない
受験はうまくいかず、
資格勉強は参考書を買って満足し、
高いロードバイクを買ったものの、数回しか乗っていません。
ギターも、語学も、運動も、
「やろう」と思った瞬間は本気なのに、
気づくと手をつけなくなっている。
典型的な、続かない人間です。
何かに熱中しては、
ある日ふっと冷めてしまう。
そんなことを、何度も繰り返してきました。
続かない条件(この記事の肝)
自分の特性を整理すると、だいたい次のような傾向があります。
- 行動の原動力が、評価や報酬ではなく「面白さ」
- 面白さの基準が高く、ズレていて、孤独になりやすい
- 一気に深く潜るタイプで、燃え方が激しい
- 自分が納得できないと、続けられない
この条件がそろうと、
長期間、同じ温度で走り続けるのはかなり難しい。
これは怠けではなく、
構造的にそうなりやすいという話だと理解しました。
続かない前提で考える
そこで考え方を切り替えました。
「どうすれば継続できるか」ではなく、
**「続かない前提で、どう設計するか」**を考える。
私の場合、要点は次の3つでした。
燃焼型人生設計の要点
1.自分の活動を3つに分ける
- 普段やること
→ 面白い、やりたい、気になるものを拾っておく - 燃えているときにやること
→ 行動に起こす、作る、発信する
(やらない時期があってもOK) - 冷めたとき
→ 過去の記録を眺める、また面白さを拾う
2.自分を責めない
続かなくても失敗ではない。
面白くなくなるのも自然な反応。
冷めたときに無理に走らないことも、立派な選択。
3.燃えた成果を残す
途中まででもいいから、
考えたこと・作ったもの・進めた形跡を残す。
それが、次の再点火の火種になる。
この考え方が、
自分の中で完全に腹に落ちた瞬間がありました。
「継続は力なり」という呪いから解放された
世の中には、
「継続がすべて」「習慣化こそ正義」という言葉が溢れています。
私はそれを見るたびに、
継続できない自分を責めていました。
それが、長年のコンプレックスでした。
でも、見方を変えると、
途中でやめたものたちは「断念の証拠」ではなく、
途中まで進めた記録でもあります。
ギターも、参考書も、
すべて途中セーブのデータ。
今はたまたま冷めているだけで、
いつでも再開できる。
そう理解したとき、
昔の苦い記憶が、少しだけ違う色に見えました。
続かなくていい
これは、
短時間の対話の中で出てきた、一つの考え方に過ぎません。
それでも、
自分の人生を大きく変えそうな感触があったので、
こうして記事にしてみました。
このルールをしばらく使ってみて、
また変わったことがあれば、改めて書くつもりです。
最後に、私が今使っている行動ルールの一部を載せておきます。
参考になるところだけ拾ってもらえたら嬉しいです。
私の行動ルール(抜粋)
- 燃え尽きることは失敗ではない
- 冷めた自分を責めない
- 途中まで進めた成果も評価する
- できなかったときは、自分ではなくルールを疑う
- 燃えやすさを、欠点ではなく武器として扱う
- 過去の自分を、失敗と呼ばない
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